2014年2月1日〜15日
2月1日 劉小雲〔犬・未出〕

「ゴンシー、ゴンシー(おめでとうおめでとう)」

 今日、いきなりご主人様が帰ってきました。

「どうしたんです?」

「どうっておまえ、旧正月だろ」

 中国の春節だから来た、というのです。

「ええ? べつにいいのに」

「見てみろ、コレ」

 カバンから出したのは真っ赤な爆竹の束。
 火をつけて遊べというのです。

「いや、まずいですって」

「つけてやろうか」

 ババババっと火花を散らして、彼がはしゃいているとまもなく、お客様がお見えになりました。

 武装したハスターティが。


2月2日 劉小雲〔犬・未出〕
 
ご主人様は今日、また日本に帰ります。

「正月、一日だけでごめんな」

「はいはい」

 騒々しい男が去って、散らかった家が残りました。

 食べた皿は放りっぱなし、脱いだものは脱ぎっぱなし。
 
 ベッドの上の脱いだままのパジャマを見たら、急に目からぽたぽたっと雫が落ちました。

(?)

 おどろきました。
 でも、だんだん胸がくるしくなってきて、こらえられなくなった。

 彼のパジャマを抱きしめて泣きました。


2月3日 按察官補佐〔家令控え室〕

今日はヴィラの交通事情についてお話しましょう。

 車両は主に地下を通ります。今はハイブリッド車が多いので、排ガスは少ないです。

 マイカーは持ち込めません。移動には、リムジンやバスが利用されます。

 公用車もありますよ。アクトーレスや護民官府職員など、ドムスを回る仕事が多いスタッフは、公用車を使うことができます。これらに限っては、自分で運転してもいいのです。

 ロセには秘密のプレイ用タクシーがあります。バックシートで楽しむためのタクシーです。



2月4日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

「休日は何をしているのか」

 とよく聞かれる。

 なにもしていない。

 朝寝坊して、洗濯物を片づけて、部屋を片づけて、うたた寝して、何か買ってきて食べて、テレビを見ているうちにまた眠くなって、いつのまにか休日が終わってしまう。

 片づけ物がなく、眠くもない日はけっこう退屈だ。
 ジムに行って、走ったり、泳いだり、トレーニングして体力を使いきって、ぐっすり寝る。

 リフレッシュして、仕事に出るのはいい。いろいろ面倒はあるが、ひとの間にいるのは心地よい。


2月5日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「泥棒が出たってよ」

 オフィスの入ると、珍しいニュースを聞いた。

「怪盗・酒泥棒。セラーの酒をごっそりだと」

 ヴィラ・カプリのような金持ち保護区でも、たまに手をおさえられないやつがいる。

 育ちの悪い犬だったり、育ちの悪いスタッフだったり、性根のねじ曲がった金持ち自身だったり。
 厳しい審査はあるのだが、大所帯ゆえに、どうしても腐ったリンゴが混じってしまうのだ。

「でも、うちでは扱わんのだろうな」

「盗難じゃなあ」

 おれたちは無言のデクリオン・オフィスを見た。


2月6日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ある事件が起きてから、うちの仕事は格段につまらなくなった。

 浮気調査。苦情、訴訟に付随する調査。いわゆる町の探偵がやるようなこと。

 犯罪性の高い事件は取り扱わない。それらはヤヌスがやる。ウォルフがそう決めた。

 「うちはもともと民事を想定して作られた組織だ。暴力事件を扱う体制にはなっていない」

 護民官と激しい問答があったようだが、彼は押し通した。

 サボタージュ。彼は腹をたてているのだ。


2月7日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「ペドロ」

 ウォルフが呼んでいた。彼のオフィスには、身なりのいい、元気のない客が来ていた。

(やれやれ)

 浮気調査。
 はたして、ウォルフは客におれを紹介して言った。

「彼が犬の素行調査を担当します。――ペドロ、ココ氏だ」

 手を差し出そうとすると、ココ氏は少しうろたえた。

「きみがやってくれるんじゃないのか。きみは優秀な探偵だと聞いている。きみにやってもらいたい」

「わたしは探偵じゃありませんよ」

 ウォルフは苦笑して、ドアを示した。

「どうぞ、ペドロがあちらで話を伺います」


2月8日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「ここひと月、レネがおかしいんだ。思いつめていて、ため息ばかりついている。わたしがキスしようとすると怒るんだ。髪に触れようとしただけで――」

 ココ氏は声を詰まらせた。

「それに、水泳クラブはやめたのにシャワーを使ってくる。香水のにおいも以前と違う。男が出来たんだ」

「それは確実ですか」

 そうだ、とココ氏は目に涙を浮かべた。

「おとといの日曜の晩、あまりにも遅かった。問い詰めたら、友達のバジルの家にいたと言った。だが、電話したら、バジルはそれを知らなかったんだよ」


2月9日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

おれは聞いた。

「バジルがその相手ということは?」

 それはない、と彼はあっさり言った。

「バジルの主人はわたしの友だ。犬にそんなマネはさせない。それに、あそこはずっとハネムーンなんだ」

 主人はなぜか、友だちバジルに関しては疑っていないようだった。

「ほかにこころあたりは」

「こころあたりがあったら、ここには来んよ! 相手が誰か知りたいのはわたしなんだ! きみは調査費をとって、わたしに仕事をさせる気か」

 はいはい。交友関係の情報ゼロ。


2月10日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「念のため、犬の身体検査には同意してくださいますか」

「絶対にやめてくれ! あの子に調査していると知られるのもダメだ」

 言うとおもった。

 おれは一度、犬のデータを取りに席をはずした。
 オフィスには、ウォルフがコーヒーを取りに来ていた。若いキートンがそのまわりをうろついている。

「セラーの高級酒を根こそぎやられたそうですよ。箱に入ってる分まで。住人はフランスの銀行家らしいんですが、ちょうど帰ってきたばかりだったそうで」

「キートン」

 ウォルフはさえぎった。


2月11日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「いや、そいつが面白いんですよ」

 キートンはしゃべり続ける。

「カメラに映ってないんです。玄関も地下も。でも、あそこの地区はおとなりとくっついてて、壁一枚隔てたとなりには、棒高跳びの選手が住んでいるんです。ね。ちょっとミステリアスでしょ」

「インド人の不倫の件、三日も報告書が上がってこないのは、ミステリアスだな」

「――」

 キートンはすごすごと席に戻った。
 残念。ウォルフというでかい船は一度、方向を転換したら、容易には元に戻らない。


2月12日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

浮気犬、レネ・マイヨール。

 少女のように美しい犬だった。中性的な細面。もの問いたげなサファイアブルーの目。栗色の巻き毛。

 もっとも髪は今、プラチナブロンドに染めているらしい。

 29歳。いまの主人には、7年前に買い取られている。

 売買暦、アクトーレスの名、調教中の資料をざっと読んで応接室に戻る。


(?)

 ソファのおれの席に見知らぬ親父が座っていた。


2月13日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

(だれだ?)

 ぼさぼさの白髪頭。ノリのきいてないワイシャツを袖まくりして腕を組み、ココ氏の話を聞いている。

 ココ氏はすっかり泣きじゃくって、

「わたしは、いいんだ。わたしより、レネにふさわしい男なら、認めなくちゃいけない。彼を愛しているんだから。ただ、遊び人が彼をもてあそんでいるなら」

 親父は言った。

「それは、犬のケツを調べれば一発でわかる話ですよ」

 ココ氏は目を剥いて叫んだ。

「あの子に触らないでくれ! 絶対にダメだ」


2月14日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

ココ氏は目を赤くして訴えた。

「レネはヴィラの人間を怖がっている。ひどい調教のせいだ。アクトーレスのせいだ。頼むから、あの子の前に姿を現さないでくれ」

 接触せずに交際相手を調べ上げろ、と念をおす。

「その犬が彼に似合いのいい子なら、わたしは……見守るだけだ。不幸にして不実な子なら――彼が目覚めるまで、じっと待つ」

 親父はじっと彼を見つめ、

「じゃ、いっそ放っておけば?」

 ココ氏が目を瞠き、おれは間に割って入った。

「失礼。ちょっと」と親父を外に連れ出した。


2月15日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「何してるんだ? 誰だ?」

 おう、と親父は眉を引き上げた。

「挨拶がまだだったな。おれはジェラルド・スペンサー。ジェリーでいい」

「いや、どこの」

「ヤヌス」

「?」

 おれは彼を今度、デクリオン・オフィスに引っ張って行った。

「ヤヌス?」

 ウォルフも眉をひそめた。ジェリーは言った。

「おまえら護民官府が浮気調査で忙しすぎて、荒事には手がまわらないっていうから、おれが応援にきたんだ。酒泥棒を処理しなきゃならんだろ。聞いてないのか?」

 ウォルフはすぐ護民官に電話をかけた。


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